とある収穫祭の翌日 : 日誌
カサンドラ=リエル  (投稿時キャラデータ) nanaki 2018-11-06

「ふぁーぁ」
私は漏れ出るあくびをかみ殺すのに必死だった。
私、カサンドラ=リエルの朝は早い。
日が昇り始める前に起き、身を清め、朝のお勤めをこなす。
そして、日が上り始めた頃には、信徒の方々を迎えるため、今度は神殿を清め、街に奉仕活動へ出かける。
他の神殿は分からないが、私が信仰しているミリッツァ神殿の朝はおおむねこんな感じだ。
それは、前日の夜がどれだけ遅かろうと変わらない。

ーハロウィンがあった翌朝、私は大寝坊をやらかした。

神殿の裏手にある禊場で身を清めながら、私は昨日の出来事を思い出していた。
そもそも、日中神殿でのお勤めを果たした後、夜くらいはと思い冒険者の装備を手に、町へ繰り出したのが、今になって思えばそもそもの失敗だった。
百の剣亭で軽く一杯ひっかけた後、通りの屋台を冷やかしていた時にそれは起こった。

ー野菜が人を襲っているー

嘘みたいな話だと思うだろうが、本当の話だ。
ポテトやトマトのような何かが、「イモー」とかわけの分からない言葉を叫びながら、大通りの人々を襲っているわけだ。
これがどれだけシュールな光景か分かるか?
……まぁ、どこまでシリアスに語ったとしても、B級な出し物的シュールさであることは、拭えないのだが……。
とにかく、その場に居合わせた冒険者は五人、即席で討伐することななったわけだ。
戦闘は予想以上に、順調な滑り出しだった。
盾神イーヴ神の神官の魔法は的確であったし、後ろを固めてくれていた後衛二人の狙う矢と魔法は、狙い違わずトマト人間やポテトを貫いていた。
隣に並んだ斧戦士の少年は、私とは全く違うタイプの戦い方だったが、その豪快で力強い攻撃で敵を寄せ付けなかった。
悲劇は、そんな戦いの最中起こった。
物が散乱している通りを駆け、手傷を負っていたトマトの一体にとどめとばかり、魔力を乗せた神速の突きを放った時のことだ。
疾走による体重が十分にのった会心の突きが敵の命を刈り取った瞬間………目の前で、赤い実はじけた………。

決して狙いを外したわけではない。
今となれば分かる。

    ・・・・・・・・
あれは、狙いが的確すぎたのだ。


衝撃に耐えられなくなったトマトは内側から破裂するように爆散した。
側にいた私を盛大に巻き込んで。
あまりに予想外の事態に、避けることも耐えることもできず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった私は全身トマトピューまみれのピザ女になった。
それだけではない、破裂した実から飛び出した種は肌を強打し猛烈な痛みを、さらにウゾウゾと何かが体内に入ってくる感覚を覚えた。
後で聞いた話だと、あれはトマトを動かしていた何かが、次の宿主に取り憑こうとしていたようだ。
取り憑かれた相手は、やがて先ほどのトマトのように破裂して絶命してしまうというから、ゾッとしない。
幸い大事になる前に、怪我は神官の魔法で、寄生は燃える炎であぶることで対処ができた。
その後は大きな問題もなく、通りの野菜どもは駆逐された。
通りに甚大な被害と汚濁を残して。
即席パーティーも無事解散。
騒ぎを把握した冒険者の店からは報酬も支払われ、めでたしめでたし………とは、残念ながら行かなかった。
この戦闘で唯一のトマト被害者だった私が神殿の自室に戻るためには、まずこの耐え難い匂いを放つトマトピューレを落とし、身を清めなければならなかった。
だが、時間は深夜。
とうに神殿の湯殿は清掃し終え、湯も抜かれている状態だった。
まずは湯船に湯を引いてこなければならないわけだが、都合の悪いことに神殿の湯船はかなり大きい。それはそうだ、ミリッツァ神殿は女所帯、司祭からから神官、果ては下女に至るまで、神殿関係者は全員女である。
神事を司るものは身を清潔に保たなければならないし、湯船が大きくなるのは必然ともいえる。
また、この湯殿は行事の際に一般開放されることもある。
やはり信徒も女性が多いわけだから、大人数が一度に入れる必要があるわけだ。
つまり、何が言いたいかというと、人一人が全身浸かることができる水位になるまで非常に時間がかかるのだ。
昨夜はすぐに洗い落としたかったこともあり、半身浴程度の水位で我慢したが、それでもたっぷり一刻以上かかった。
さらに、トマトを洗い流した後も大変だった。
私が冒険者として活動していることは同僚などに伝えていない。
そして、知られてはいけないトップ・シークレット。
湯殿を使用したことが露見すれば、何も聞かれないということはあるまい。
自分からボロを出すようなヘマはしないが、どこでどういう影響があるかわからない以上、可能性の種はできる限り摘み取っておきたかった。
神殿の湯殿は一日の終わりに日頃の感謝と穢れを払うという意味を込めて、年若い見習いシスターたちが、磨き粉を使ってきれいに磨き上げる。
それはもう、ピカピカに。



広い湯殿を掃除するのに軽く一刻以上かかった。
久々に見習いの心を思い出すことができたが、一日の疲れは倍増した。
そんなこんなで、お気に入りの香油を肌に塗り込み、寝具に着替え、布団の中にもぐりこんだのは、夜も更けきった頃だった。




「(また、生き残ってしまったな)」
広い禊場の中に生まれたままの姿で佇みながら、ぼんやりとそんなことを思う。
冒険者として活動をし始めたからか、最近死について考えることが多くなった気がする。
遠い昔、私は死を覚悟したことが二度ほどある。
最初は故郷が奈落の魔域に飲まれ母と二人彷徨った時、二度目は奴隷として売られた時。
特に二度目の死は、かなりのリアルさを持って私を苦しめた。
そんな死の恐怖から私を救ってくれたのは、今は亡き義母だった。

「母さん…か」

亡くなる時の義母の穏やかな表情は今もこの胸に残っている。

「(私はあんな風に、死を迎えることができるのだろうか?)」

最近良く感じることだが、冒険者稼業は“死”の気配が強い。
執行者も死に近いといえば近いのだが、あれは与える方の“死”の気配だ。
自分が感じるものとは別種のように思える。

「(ああ、願わくば私も義母のように穏やかに……)」

言葉にならない不安を抱え、気づけば私は幼子がするように、水の中で膝を抱えていた。

「………!!…………!!?」

冷たく、とろけるような揺らぎに身を任せていると、不意に外で私のことを呼ぶ声がすることに気づいた。
私は己の中にある暗い穴から目をそらすと、両足に力を込めて立ち上がった。

「クラーラ。シスタークラーラ返事をなさい。ずいぶん長いこと清めているようだけど、本当に大丈夫なの? なんなら今日のお勤めは休んで、療養していてもいいのよ」

声は禊場と外を遮る衝立の向こう側からかけられたようだ。
クラーラは私、カサンドラの神官の仮面をかぶっている時の名前。
そして、声の主はシスターマリアンヌ。
私の上司にあたる初老の女性である。

「シスター。申し訳ありません。体内の病というけがれを落とすため、いつもより入念に禊ぎをしておりました。私は大丈夫です」

そう、寝坊をした私は体調不良をいいわけにしていた。
全く子供でないのだから、もう少しマシないいわけはなかったのかと私自身思うが、告げてしまったことはもう仕方ない。
幸いにもミリッツァ信徒は女性への配慮を念頭において行動をするいい子ちゃんが多い。
暗部で鍛えた持ち前の交渉術で本気を出せば、白々しい嘘もそれなりに聞こえてくるから不思議だ。

「そうですか。つらいようなら言うのですよ。私は先に準備をしていますので、身支度が整ったらミリッツァ様の神像の前にいらっしゃい」

シスターマリアンヌの慈愛に溢れた言葉に、分かりましたと小さく返事をすると、ゆっくりと足音は去っていった。
シスターが去った後もしばしの間、私は自分の髪から褐色の素肌をつたい、再び大きな水の坩堝へと落ちる水の流れをじっと見つめていたが、強引に意識を現実へ戻すと禊場からあがり、側の衝立にかけてあった清潔な布を取ると、滴る水滴を拭った。
そして、清潔な下着を身につけ、その上から神官衣をまとう。
もう何年もやってきたことだ。
神官衣はどちらかというとゆったりとした造りなのに、袖を通すと身が引き締まる。
なぜだろうな。
最後に銀の長い髪を編み上げると、ウィンプルをかぶってクラーラという淑女ができあがる。
その頃には、水の中で感じた一抹の不安は霞のように消え去っていた。

「さあ、参りましょう」

それは、自分をクラーラとする合図の言葉。
楚々とした淑女に返信する合図。
己に言い聞かせると、ほほえみを浮かべながら、神殿の方へと戻っていった。

そして、待ち合わせのミリッツァ様の神像前。
多くのミリッツァ信徒が、集まっていた。それぞれがかごや大量の袋を持って。

「遅くなりました」
「ああ、クラーラ。待っていましたよ。さぁ、これはあなたの分です」

そういってやはりかごと手袋、麻袋などを渡される。

「シスター、これは本日の奉仕活動で使うのですか?」
「あら、シスタークラーラ。まだ寝ぼけているのかしら。今日は収穫祭の翌日ですよ。やることは決まっているでしょう?」

そこまで言われて気がついた。

「大通りの清掃……」

そう、毎年収穫祭の次の日は前日の祭りのなごりが通りをにぎやかしている。
そのためミリッツァ神殿では、人が出歩き始める前に、通りをきれいに清めるのが例年の行事となっていた。

「そう。思い出してくれて何よりだわ、クラーラ。町が汚ければ、人の心はすさみます。心がすさめば、また涙を流すことになる女性が増えるのです。言うなれば、町の美化は私たちミリッツァ神殿の使命なのですよ」

ああ、思い出したとも、思い出してしまったとも。
いつ終わるともわからない量のゴミと格闘する毎年恒例の苦行を。

「それもね。今年は大通りでどこかの冒険者たちが大立ち回りをしたようなの。先にいった子たちの話だと、通りはすごいことになっているそうですよ。一面破裂したトマトで赤くなっているとか………。クラーラは昨夜そんなことが起こったと知っていて」

「……いいえ、私は体調不良で寝込んでおりましたので……」

嘘だ。シスター、大立ち回りをした冒険者は私なのです。
ええ、これは自業自得。因果応報というものなのですね、神よ。
まさか、己でまいた種を己で片づける羽目になるとは。

「そうよね。あなたのような淑女が町の乱痴気騒ぎになど参加するわけないものね。ごめんなさいね。さて、もうそろそろ私たちも大通りに向かいましょうか」

おお神よ、懺悔させてください。
本当は嘘なのです。すべては嘘なのです。虚構なのです。
お願いですから、私をそのようなきれいな瞳で見ないでください。
おお、神よ。あなたの信徒に、どうぞお慈悲を。
そんな内心を必死にひた隠しにすると、シスターたちについて一日ぶりの戦場へと戻っていった。

後日談
破裂したトマトや散乱した野菜、壊れた店の物などは彼女たちの予想をこえた規模で、トマト殺害現場はそれはもうひどい惨状を見せていた。
拭っても拭っても取れないトマトの汚れと匂いとの格闘は日が昇り、市が開くまで続いた。
あまりの過酷な奉仕活動に脱落者も多数出すことになった。
ミリッツァ信徒の中では、悪魔の年として後まで語り継がれるようになったという。
そして、この日からカサンドラ=リエルの倒すべき相手リストにトマトが追加されたという。

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