◆ウィルフレッド=シャノンの最終推理 ・アンジェリーナさんのウソ  まず、彼女は僕らにウソを吐いていた。それは彼女が最後に持ってきた書類が物語っています。  内容のウソや真実は一旦置いておくとして、彼女は偽造した書物を持ってきた――否、意図してその書物を作り出した。その事実が重要です。  内容は、以前にマヨール氏とミースさんが婚約していたというもの。しかし彼女はその前に、ノザンさんに対して『マヨール氏は遠い異国の地で亡くなった人物だと父から聞いた』と話しています。  彼女がこの書類の内容を知る術は、僕たちが調べた限りでは《存在しない》。すなわち、彼女がノザンさんに対してマヨール氏の情報を話した際には、《既にこの書類の内容を知っていた》ことになる。  彼女はノザンさんに対してウソを吐いていた。自分の出生に関わることを調べて欲しいと頼んでおきながら、彼女は既に自分のルーツとなる情報を知っていたことになる。  それはすなわち、【知っている内容を知らないとウソを吐きながら依頼を出した】という結論に他ならない。 ・真実は既に手の中に?  次に、図書室の件を話しましょう。  彼女は図書室でシェルファさんやミースさんの肖像画を見たと話しました。けれど、実際に肖像画があったのは4階の倉庫だった。  これが何を意味するのか。考えられる結論は2つ。誰かが移動させたか、倉庫にあったものを図書室で見たと話したか、です。  前者の場合、動かしたのは勿論クライマー氏ということになります。ではそうする理由は? 秘匿するのであれば、最初から処分してしまえばいい。態々倉庫に移動させる意味が、僕には見いだせない。  なればこそ、残る可能性は後者。倉庫にあったものを、彼女は図書室で見たと証言した。では、その理由とは?  ズバリ、根源にして恐らく諸悪、〈黄昏の王への道〉です。  しかし、これも不完全だった。なぜなら、ここにはその表紙しか残されていなかったからです。  ではなぜ、表紙だけが図書室に残されていたのか。中身だけが重要だったから、表紙だけ放置していた、とするのは、明らかに怠慢と言えるでしょう。意図して表紙だけがそこに残されていた、そう僕は考えました。  では表紙を残した人物とは誰か。クライマー氏か、アンジェリーナさんしかいません。クライマー氏であったのなら、この行動に意味を見出せません。  中身を秘匿するのであれば、やはりこれも表紙は処分するのが一番手っ取り早いハズです。残す理由がない、そう僕は思います。  それならば、表紙をここに残したのはアンジェリーナさんとします。とするならば、彼女はワインセラー奥へと至る隠し扉の存在をも知っていたことになる。なぜなら、黄昏の王への道の中身は、地下の奥にある書庫で見つけたのだから。  とするならば、アンジェリーナさんは地下にあった数々の要素を目撃していて然るべきです。納骨堂に、その奥の祭壇。そして、ミースさんの手記でさえも――  これだけの証拠が揃っているのなら、彼女も気づいているハズです。【クライマー氏が吸血鬼である】という事実と、ミースさんとシェルファさんが既に犠牲となっているという現実に。 ・彼女の思惑  では改めて、彼女の目的とは何か。それは、最初から変わっていませんでした。  【自分の出生を確かめること】。  自分が何者から生まれ、そして自分が何者であるか。  自分ではその答えを既に持っているのでしょう。ですが、自分ひとりの結論でそんな現実を直視するのは、あまりにも酷だ。  だから、確かめた。僕らという異邦人を使って。  始めから話さなかった理由は、そんな荒唐無稽な話をいきなりしても、信じてもらえないと思ったからではないかと。  実際、いきなりそんな話をされても困りますしね。だから彼女は、僕らにウソを吐いていた。真実を僕ら自身で探り出し、そして突き付けてもらうために。 ・彼女の正体  最後に、彼女の正体について。  結論からいうと、【アンジェリーナさんもまた吸血鬼】であると僕は考えています。  吸血鬼、あるいはその眷属、と言った方がいいかもしれません。この辺りは、僕の憶測が混ざっていますが、少なくとも僕らと同じ人ではないと思っています。  根拠は、ミースさんの遺した手記です。ここには、アンジェリーナさんを案じていたミースさんの想いが綴られています。  しかし最後の一文、ここに謎が残りました。  【だって、あなたはこれからずっとあの悪魔と一緒にいるのだから】  おかしくはありませんか? シェルファさん、そして自分が生贄となってしまう状況で、次はアンジェリーナさんと思うのが普通です。実際、その前の文ではアンジェリーナさんの身を案じていました。  けれど、ここに来てずっと一緒にいるという旨の記録。僕はここに、真実を結論づけました。  即ち、《アンジェリーナさんは生贄にされることはない》。最後の想いで綴られたこの文章で、彼女はアンジェリーナさんが生贄にはならず、悪魔と共にあることを悟っているのです。  それがなぜなのか。【クライマー氏とアンジェリーナさんが、同族であるから】というのが、僕の最終的な結論です。先天的か後天的かは、定かではありませんが。 ・最後に  まとめましょう。  アンジェリーナさんの目的とは【真実を第三者に突き付けてもらう事】。自分やクライマー氏の正体も、全てひっくるめて、です。  そして僕が返す答えは【アンジェリーナさんとクライマー氏は共に吸血鬼である】です。  ……これ以上のことは、僕には推理できません。マヨール氏のことだとか、クライマー氏がどうして吸血鬼へと至ってしまったのかだとか、彼女の本当の父親だとかは、全て確証のない僕の憶測になってしまうからです。  以上で、僕の推理を終わります。