さて、このソカタ・リンデンブラッドリガーはとある依頼終了確認の後、衛兵詰所にて蛮族の隠れ里の
場所を報告した。
然る後に現在の遁所である百の剣亭に戻る途中で夢幻の薬を購入、服薬に至った。
薬効は心身ともに疲弊していた僕には凄まじく、完全に現世との接続が切断されかけた、はずだった。
今回の依頼の同行者であったザックにより発見され救助された。
リイナという娘にも大分心配をかけて騒がれたな。僕の落ち度でもある。
暫くは今回の騒ぎを起こした謝罪の意で裏庭の整備などの奉仕活動をするつもりだ。
技術こそはないがなあに、草むしり程度ならやれたものだ


人の心がない。か

当然だ。僕は所詮はダリオンの幾万もある端末の一つだ。端末に人の心などあるものか。
突然に蛮族にされた彼。当然のように人族の敵という立場故の苦悩。
人として対峙するものとしては当然に斟酌しなければならない問題だ。
少なくともあのような言葉で状況を切り捨てるものではない。

しかしどうだ。
僕は数年前の故郷のあの夜で、知らない神の声を聞き、知らない神による情報を流し込まれ
知らない神───いやダリオンという名を知ってしまったその神の端末となった。
兆候すらあったわけではない。完全に何らかによる偶然が重なった突然のことだ。
あの夜を境に、僕はラーリスを信奉している隠れ里と、ラーリスの高位司祭である母の敵となった。

─────なってしまった。

ただ普通に村で暮らして普通の、慎ましくも幸せな未来を夢見て、唐突に奪われた彼
普通と思っていた閉鎖された村で、普通に幸せな将来を夢見て、唐突に敵となった僕
人族の敵側と味方側という反転した違いこそあれど、状況は酷似しているのだ。

故に。故に僕は毎夜夢枕に立って囁き続けるあの声と同じ文言を淡々と彼に告げるのだ。
【　　事情などただの言い訳。　１か０だ　　】
と。



ユアン。君の云う通りだ。神官など碌なものではない。神はヒトの心などわかりはしない。
ヒトの心がわかるのはヒトだけなのだ。人族側と蛮族側という記号しか扱わない神の繰り人形のような僕のような神官など当然にヒトの心がわかるものか。


この世界から一人逃亡することに成功した君を空しくもあるが同様に羨ましくもある。
多分、あの薬を服用して逃亡を試みたのが僕の、故郷にいた頃の『ヒトである』僕の残滓だ。
これを書ききれば、もう残滓も尽きているだろう。
いや、同じようなことがあればまだ搾りかすでも遺っているのだろうか。